私の解釈書兼感想文

本や映画などでかんじたこと、自分の解釈などを記録するためブログを始めました。

なぜ私は悩むのか

さて、私は悩んでいます。

 

その悩みとは?

 

ずばり、私はなぜ悩むのか、という疑問です。

 

仕事もなかなか続かないダメ人間の私は、一般的な人ならば感じもしないような悩みを数多く抱いています。

 

そういったものが、このブログでもぽつぽつと語られていくと思います。

 

 

まず第一に、なぜこんな物書きをしているのか。

 

それは、私という存在をネットを通して外の世界に誇示したいからに他なりません。

 

 

そうです、私は、有名になりたいのです。

 

有名になって、お金を稼ぎたいのです。

 

ここ数年で、私の人間性はかなり歪んでしまったと自負しております。

 

なぜ?

 

 

私は、YouTuberに嫉妬している!!

 

 

YouTuberが・・・羨ましいのである!!!

 

2016年頃からだろうか、YouTuberの 影響力、社会的地位の向上は目を見張るものがある!

 

その影響力、というか、広がり、というか

 

 

例えば視聴回数、チャンネル登録者数だけを見ても、今やその数字は過去の常識とは比べ物にならないような状況になっている!!!一日に、数十万!?百万!?

 

トップならそんなもんだよね~・・・っておい!!!これは異常だ!!!今の視聴者にはそれが分からんのです!!!

 

 

個人個人がサムネイルに顔をでかでかと誇示し、個人個人がファンを持つ。さらにそのファン同士が非常に密接であるという奇妙なマーケットが出来上がっている!!!

 

 

 

あの人を見ている人はこの人も見ている、そしてあっちも見ているこっちも見ている。

 

 

視聴者が網のようにつながっているから、その巨大なマーケットは今日も支えられている。

 

 

なんという安心感!!!そして、YouTubeがなければ陽の目を浴びることなどなかったであろう室内の乙女も、ゲーマーもハゲやデブも、視聴者の目、声という華々しい喝采を浴び、そして収入さえもゲットできる!!!

 

 

なんて羨ましい!!!

 

 

 

で、なぜ私はそんなことに嫉妬するのか?

 

なぜ悩むのか?

 

考えてみた。

 

 

一つには、彼ら成功者の苦労や辛さを知らないということ。

 

また、自分自身が充実した私生活を送れていないから

 

 

ざっくりと考えると、この二つが挙がった。

 

 

そして恐ろしいのは、妬むだけ妬んで自分は行動を起こしていないことである。

 

 

ここ数年、自分はずいぶんと卑屈になった。

 

 

その理由は、YouTuberへの僻みや羨望によるものもあるが、けしてそれだけではない。

 

打ち込むものがない自分、趣味のない自分、友達がいない自分、彼女がいない自分。

 

それと真逆の周囲のパーリーピーポー

 

 

 

 

つまり

 

 

比較

 

 

である

 

私はことあるごとに比較するようになってしまったのであります。

 

 

しかし、考えましたが

 

 

この世界は、そもそも競争の世界であります。

 

比較して悩んでしまうのも、無理はありません。

 

つまり、悩むというのは自然なことです。

 

 

こんな卑屈な自分が、嫌だなあと思って夜も眠れない日もあります。

 

 

でも、それでいいのかもしれません。

 

 

なぜなら、自分が悩むというその事象は、他との比較であり、それはこの世に生まれ落ちたその瞬間に決定していたことなのであるから。

 

 

つまりだ、嫉妬は自然である。

 

悩みは自然である。

 

と、言いたいのであります。さようなら。